今回私たちは、アメリカの中でも最も教育熱心と知られる、ユタ州の2つの町のエレメンタリースクールを視察しました。エレメンタリースクールとは、日本でいう小学校のことですが、就学前の1年間だけキンダーガーテンと呼ばれる幼稚園が併設されています。はじめに訪問したプロボ市のサンセットビューエレメンタリースクールでは、おもにキンダーガーテンを、二つ目に訪問したサウスジョーダン市のエルクメドウズエレメンタリースクールでは、小学4年生のクラスを視察いたしました。以下にそのレポートを発表いたします。

2011年5月14日 筆記者 森村公一

 

 
公立 サンセットビュー エレメンタリースクール (ユタ州 プロボ市)

州都ソルトレークシティーに続くユタ州第二の都市、プロボ市に位置するサンセットビューエレメンタリースクールのキンダーガーテンにお邪魔しました。キンダーガーテンは、ちょうど日本の幼稚園の年長にあたりますが、その内容は読み書きや計算等学校の勉強そのもので、就学の準備を主な目的とする日本の幼稚園とは全く違い、教育そのものを施す、いわば「小学0年生」のような雰囲気でした。また、一クラスにメインティーチャー1名に加え、グループに分かれて学ぶような時間などには、21名の児童に対して最大5名の教諭が教えており、初等教育の力の入れようを見ることができました。

   
キンダーガーテンの教室です。ここに今年は21人が学んでいるそうです。児童たちが外遊びでいない時に撮影しました。日本の幼稚園や学校の教室と比べ、若干広いか、さほど変わらない程度と感じました。   教室の中にある手洗い場です。普通の家庭のキッチンのようなつくりですが、子供の高さにあわせられていました。21人の教室にしては、蛇口がひとつで少ないように思われますが。ちなみに、日本の小学校のような水場は、廊下にはありませんでした。
     
   
児童が教室に戻ってきて、これから受けるレクチャーの説明を受けているところです。意外にも椅子ではなく、自分の名前の書かれたマットの上に座るというものでした。前に黒板はなく、ホワイトボードでした。   レクチャーは5つのグループに別れ、10分程度でローテーションとなります。児童たちは、ホワイトボード横のスクリーンにプロジェクターに写された自分の名前を見つけて、次にどのレクチャーを受けるのかを確認します。
     
   
グループのひとつを見せてもらいました。児童たちは、グループで本を読む練習をしていました。5つのグループそれぞれに一人の先生が付きます。ひとグループは5人程度になります。   他のグループの様子です。机ひとつがひとグループとなります。児童はそれぞれの能力別に分かれ、同程度の学力同士でのグループとなります。能力ごとにグループを作る事については、事前に親から了解を頂いているとのことでした。
     
   
クラスのルールが書かれています。直訳します。1.最初に指示に従う。2.平らに座り、先生に目をむける。3.手を上げて発言する。4.如何なる場合も他人を尊重する。誰も決して私を傷付けてはいけない、それは私は特別だから。誰も決して他人を傷付けてはいけない、自分自身を含めて。例え、誰かが私をだましたり傷付けたりしても、それは私自身のせいではない。   「言葉の壁」です。これまでに覚えた単語がアルファベット順に並んでいて、いつでも復習できるようにしています。一日にひとつないしはふたつ程度の単語に取り組んでいるようで、この日は、「My mom gave me a candy.」という例文で、 myとmeの違いについて繰り返し学んでいました。授業の後にこれらの単語もこの「言葉の壁」に加えられました。
     
   
児童たちのノートが収められている棚です。過去におこなってきた軌跡が収められています。   アンナさんの棚を覗かせてもらいました。
     
   
「Silly fish by Anna.(おもしろい魚 byアンナ)」とありました。   アルファベットの本です。 
     
   
日本で見かけるものと同じような内容でした。   数の本です。
     
   
「5」を書くのに苦労しているようですね。    勉強と勉強の間は、「PE」(Physical Education)で飽きや疲れを避けます。それにしてもどこまでも広い青々としたグランドでした。この隣には立派な遊具もありました。

 

  
 
 
公立 エルクメドウズ エレメンタリースクール (ユタ州 サウスジョーダン市) 
ソルトレークシティーのベットタウン、サウスジョーダン市は、閑静で高級感のある住宅街ですが、エルクメドウズエレメンタリースクールは、そんな住宅街のなかにある、総児童数800名のマンモス校です。これほどのマンモス校でありながら、土地の広いこの地域の学校は、平屋建てが標準でここも同様でした。私達が訪れた5月は、アメリカでは学年末にあたり、近く行われる全ユタ州学力テストへ向けて、先生も生徒も孤軍奮闘していました。特に教師にとってこのテストの如何によっては、自らの評価を失う事となる為、皆必死だそうです。そんな忙しい中、私達を案内してくれました。
   
4年生の教室です。ここに今年は24人が在籍中です。ちょうど算数の概数計算の授業が行われていました。日本の小学生と同じように、答えが分かると我先にと手を上げて発表していました。   この教室担当の教諭です。教師暦30年以上のベテランで、生徒からの信頼も厚く、クラスは活気で満ちていました。生徒を集中させるために、先生独自の、この教室特有の工夫が施されていますので、このあとその一部をご紹介します。
     
   
日本のように机が前から順番に列になっているのではなく、このようなグループ形式が基本のようです。どの授業もこの座席の形態で行い、授業によっては、グループでの活発な討論が行われます。   制服や決まった形状のランドセル、給食エプロン、体操服等はありません。生徒個々が自分の必要な荷物を好きな形状のバッグに詰めて持ってくるといった感じです。髪型も自由で、金髪の毛先を緑に染めている男の子もいました。これらは個性と受け取られるようです。
     
   
水筒は家から持参しますが、中身が無くなると、児童達はこの水道から水を補給します。雪解けのキレイな水から作られる水道水は、この地域では普通に飲まれていました。   自分の名前が書かれた机の上には、水筒があり、授業中であっても、飲む事はもちろん、席を立って補給することも可。また、ノートを使っている子もいれば、この子のように小さいホワイトボードを用いて、その都度消しながら使っている子もおり、何でも任されている印象でした。
     
   
クラスの中には、他の児童とは違う椅子に座る何人かがいました。それらの椅子は、クラスの真ん中に設けられていましたが、担当教諭のアイデアで、前日奉仕をした児童2人に1日特権として座る事が許されているものだそうです。   また、クラス前方にも他とは違う椅子がありました。これらは、クラスで発表が上手だった人や一生懸命頑張ったと先生に認められた週間MVP児童2人が、1週間座る事を許され、特等席で授業が受けられます。座席に座った人は、椅子にサインをし、学年末にサインが最も多い人にそれぞれ贈呈されるそうです。
     
   
今日実際に使われていた、算数の教科書を見せていただきました。重圧なハードカバーのこの本を見て、教科書っていうより図鑑?って感じでした。   日本の教科書よりも遥かに分厚く、ページは何と570ページをこえています。挿絵やイラスト、写真などが豊富で、これも飽きさせない工夫でしょうか。これを一年かけて使用するそうです。
     
   
「今日の問題」と書かれた本が、横のキャビネットの上にたてられていました。算数の時間の初めに、毎回ちがった問題をするそうです。ちなみにこの問題を直訳すると、「それぞれの四角の中に次の数字を当てはめましょう。どういう組み合わせで、和を最大にできますか?」ということになります。日本では、あまり見かけない設問方式ですね。こちらでも4年生が解答できるくらいのレベルでしょうか?   生徒の作品です。生徒の作品を展示するのは、日本もアメリカでも同じですね。針で通す直線的な糸で表現した作品。4年生の作品にしては、とても芸が細かく見事でした。
     
   
教室だけでなく、教室に通じる廊下のあちこちにも、生徒の作品が展示されていました。   お昼ごはんを食べるカフェテリアです。生徒はここで2ドル払って日替わりのおかずをトレーにのせてもらい食べられます。ちなみに持ち込みも可。右に見える青っぽい大きな壁は開閉式で、これと同じサイズの部屋が奥にもう一つあり、普段はそちらを体育館として使用しているそうです。そちらには、ステージもありました。2つの部屋あわせて、標準的な日本の小学校の体育館と同じくらいの広さでした。
     
   
図書室です。日本の図書室と同様に本を閲覧したり、借りて帰ったりできます。   図書室に併設する書庫です。ここには本のレベルごとにA(簡単)~Z(難しい)の26段階で本が分類されていました。教師は児童個々がどのレベルの本を理解できるかを細かくチェックし、その情報を親に知らせ、双方が子どもの状況を知る重要な手がかりとしています。日本の学校に比べ、アメリカでは、評価の根拠をより明確にしているように感じました。

 

訪問を終えて

今回の訪問で、私達はアメリカの教諭の教育に対する熱心さに非常に心を打たれました。これまで、日本こそ教育大国で、初等教育に関しても日本の小学校が一番であると思っていただけに、アメリカ人教諭の熱意や、やる気を引き出す為の工夫、児童への評価の明確化、個々のレベルや状態を教諭の感情だけでなく明確な証拠にもとずいて両親に伝えている点となど、教育の細かさに衝撃を受けました。アメリカでは、日本より個人の評価に応じて、小学校であっても特進や落第が比較的日常であるという社会的な違いもあるため、このように児童に対する評価が、より明確化されているのかもしれません。また、学年末に行われる試験の結果で、教諭の評価が厳しく問われるという点にも注目したいと思います。よい成績を挙げると、教諭に付けられている階級を伸ばすことができる反面、悪いと下げられます。教諭に支払われる給与にも直接的に影響することもあるので、必然的によい教諭だけが生き残り、結果的に教育の質を押し上げているのです。また、個人の評価を重んずればこそ、個別の教諭に与えられている権限も大きく、4年生のクラスで褒章的な座席を子供達に与えることに見られた工夫等、決まった型にはめ込むのではなく、自由に教育を創造できます。教育現場に成果主義を取り入れることは、児童に無理をさせすぎる、いきすぎという問題をはらみますが、児童に大人のような人格を認め、子どもの意志を尊重する社会的風潮や、児童に無理をさせないための監視体制などが整備されている中で行われていることから、こうした問題も抑制されているようです。この訪問で、私達は英語教育を行うにあたり、多くの点で参考にすべき点を見つけました。今回は、2校だけの訪問にとどまりましたが、また機会を見つけ、他の教諭や児童生徒に触れられたらと希望いたします。